|呪|滅|の|言|霊|

第三話 ネズミうチーズ


 マイロタウンの夜は、光が消えることはない。
 昼間と同様、いやそれ以上に様々な色で街路は照らされ、人々の声が派手に響き渡る。
 青年が目抜き通りを歩いていると、或るおもちゃ屋の前で、ひとりの少年が熱心にショーウィンドウを覗き込んでいた。
 髪の毛がパイナップルのように立っているのが妙に面白い。
 その視線の先には、かわいらしいテディベアが座っていた。
 見たところ十歳ぐらいの少年なのだが、普通、そういった年齢では、車やロボット、コンピューターゲームに夢中なのではないだろうか。
 青年が何となく気になって見ていると、店の中から一人の老人が出てきた。
「きみ、ここのところ毎日ウチに来て、このテディベアを眺めているね」
 どうやらそこの店の店長らしい老人は、少年の前で膝を折ると、一緒にショーウィンドウの中のぬいぐるみを見つめた。
「うん……」
 元気のない少年に、老人はまた言葉をかけた。
「このテディベアが好きなのかい?」
「ううん、ボクじゃないよ。妹が……」
「妹さん?」
「うん……。病気で……寝たきりなんだ……」
「おお、かわいそうに……」
 涙ぐむ少年につられて、老人もエプロンの端で目頭を拭う。
「ボクは元気だから外で遊べるし、友だちもいっぱいいるけど、妹はいつもベッドの上でひとりぼっちなんだ。唯一の友だちは、絵本の中に出てくるテディベアだけさ」
「そうなのかい」
「ウチがもっとお金持ちだったら、このぬいぐるみを買ってあげられるのに」
「きみは妹が好きなんじゃのう」
 深く頷いてみせる老人に、少年は胸を叩いて見せた。
「当たり前さ! 妹だもん!!」
「よし、じゃあこのテディベアをきみの妹さんにあげよう」
「ええっ!? でっでもボク、お金なんて一バレルも持ってないよ!?」
 うろたえる少年に、老人は立ち上がりながら言った。
「カネなんかいるもんか。妹思いのきみに免じてタダじゃ」
「ほっほんとうにっ!?」
「ああ」
「ありがとう、おじいさん!」
 老人はショーケースを開けると、テディベアを取り出し、少年のもとへ持ってきた。
 金色の毛並みが街灯にきらきら光っている。
「妹さんに、早く良くなってお店に遊びに来るよう伝えておくれ」
「うん、必ず伝えるよ!」
 少年は何度も頭を下げると、嬉しそうに路地裏に消えていった……。


「へへっ、ちょろいモンだぜ」
 少年がテディベアを嬉しそうに宙に放った時、足下に長い影が割って入ってきた。
 振り返ると、ひとりの青年が無表情のまま彼を見ている。
「なんだよ……」
 内心で警戒しながら少年が眉根を寄せると、青年は黒髪をかき上げて唐突に言った。
「妹が本当にいるなら伝えろ。きみの兄貴は嘘つきだとな」
「なっなにぃ!」
 言うだけ言って立ち去る青年の背を、少年は慌てて追いかけた。
「ちょ、待てよ!」
 青年の前に立ちはだかると、少年はテディベアと一緒に叫んだ。
「なんでオレが嘘つきなんだよっ」
 反論するその言葉さえ、嘘にまみれている。
「違うのか」
 青年の凍てついた蒼い瞳に貫かれ、少年はすぐに弱気になった。
「……だって、仕方がないだろ。オレ、カネなんて持ってないし……。でも、お嬢様に、誕生日プレゼントを渡すって約束したんだ」
「お嬢様?」
 青年の呆れた表情に、少年はちょっとムキになって答えた。
「シェリーさ。おっきな会社の社長令嬢で、かわいくて、すっごく優しいんだ。オレたちのアイドルなんだよっ」
「オレたち、ねえ」
 アイドルという言葉に、青年はちらりと後ろを振り返った。
 垣間見える大通りの大型パネルに、先日の言霊ばら撒きアイドルの笑顔が見えた。
「他の奴らはカネ持ってるから、きっとすごく良い物をプレゼントするに決まってる。オレ、あいつらに負けたくないんだっ」
「……ま、好きにしてくれ」
 力説する少年を興味なさそうにあしらうと、青年は踵を返した。
 当然のごとく少年は腹を立てて怒鳴った。
「さんざん喋らせといてそれだけかよっ」
「じゃあ、一言」
 青年は機嫌が悪そうに振り返った。
 今頃になって、少年に言葉をかけたことを大きく後悔している彼である。
「どうでもいい嘘はつくな」
「はあ!?」
 その時、うんざりした表情を浮かべている少年の脇を、ひとりの男が走り抜けた。
「あぶな……」
 しかし、少年の声は、青年の厳しい声に寄って遮られてしまった。
「逸れろっ!」
 青年の声とほぼ同時に、銃声が鳴り響く。
 気が付いた時、少年の視界には通りに敷き詰められたタイルがいっぱいに広がっていた。
「お、重い……」
 自分の上に何かが載っている。
 そこから這い出そうとして顔を上げた時、先程の男を追いかけてきたと思われるもうひとりの男が、銃を隠しながら横道に逃げ込むのが見えた。
「な、何なんだよ。オレたちがいるのに銃なんか撃ちやがって……」
 少年は肘を着くと、無理矢理起き上がった。
 自分の上に載っていたものを確認しようと振り返った彼の目に、意外なものが映った。
 白いシャツを真っ赤に染めた青年である。
「な、なに……!?」
 よく見ると、青年の上着の肩口に小さな穴が空いていた。
 弾が当たったのだ。
「う……」
 ふいに青年の口から呻き声が漏れる。
「ちょ、にーちゃん、大丈夫かよっ」
 撃たれた青年よりも顔面を蒼白に変えて、少年が喚く。
 青年はゆっくりと身を起こすと、傷口を手で押さえた。
「こんなの……何でもない……」
 しかし、青年の額には確かに脂汗が滲んでいる。
「バッバカ言えよ! 血ィダラダラじゃないか。レ、レスキュー隊……」
 大通りに出ようとする少年の袖を、青年は怪我していない右手で咄嗟に捉えた。
「駄目だっ!」
「なっ。だって、病院……医者に手当してもらわないとっ……」
「いらんっ」
 頑なに医者を拒否する青年を、少年は訝しげに見下ろした。
「なに、何だよ。ワケあり?」
「いいから……おまえはもう行け……」
「そっ、そういうわけにいくかよ! オレを庇ったせいで……」
 少年の申し訳なさそうな声に、青年は小さく笑った。
「おまえの……せいなんかじゃない。オレがミスっただけだ……」
「は、ミス? いや、そんなこと、今はどうだっていいよ。オレ、良い医者知ってるからさ。そこ行こうぜ」
「いい……」
 この上さらに好意を拒否する青年を、少年は怒鳴りつけた。
「おいっ。オレ、こう見えて、けっこう使えるんだぞっ」
 揺れる意識の中で、青年はしぶしぶと頷いた。

     ■□■

「通りでブッ放すとは、世も末じゃのう」
 白衣をまとった老人がのんびりと言い、少年はそれに口を尖らせた。
「世も末じゃなくて、末の世の姿がマイロタウンなんだよ、じっちゃん」
「ほほ、そーかの」
 少年は肩を竦めると、ベッドに横たわった青年を気遣わしそうに見た。
「それで、このにーちゃん、大丈夫なのか?」
「弾は貫通しておるし、幸い腱にはかすらなかったようじゃしな。しばらく左腕を不自由するだけじゃ」
「よかった……」
 吐息する少年に、老人は基本的なことを尋ねた。
「で、この男は誰なんじゃ?」
「知らない。通りでオレにいきなりケチつけてきたんだ」
 その時、突然、患者が身を起こした。
「……ケチ、だと?」
「――あ。起きてたのか」
「まったく。嘘をつくなと言ったのに」
 何の故か顔をしかめる青年に、老人が笑いかける。
「ほほ、それは無理じゃ。ロップは生まれた時から嘘ばっかりついておるからの」
「じっちゃんっ!」
 軽口の応酬をし合うふたりを横目に、青年はシャツをはおった。
「ご老人、世話になった。いくら払えばいい?」
 途端、ふたりが目を点にして青年を見る。
「ほえ?」
「お、おい、にーちゃん、まさかもう行く気か!?」
 青年は包帯でぐるぐる巻にされた左肩を一瞥し、あっさりと言い放った。
「ここに長居したところで、治る速度は同じだ」
「そっそりゃそうだけど、銃で撃たれたんだぜ!? 二、三週間くらい寝てるのが普通だぞっ」
「ロップの言うとおりじゃ。お若いの、お代は要らぬから、せめてあと三日、ここで養生していかぬか?」
『お代は要らぬ』という言葉につられたわけではない。
 しかし、青年は素直にその申し出を受けた。
 ひとつには、急激な体温の上昇を感じたからだった。


 青年が目を覚ますと、目の前にテディベアが座っていた。
 少年がおもちゃ屋で譲り受けたぬいぐるみである。
 食事の盆を持ってやって来た少年に、青年は眉根を寄せて言った。
「おい、このクマ公どうにかしろ」
 なかなか大きなぬいぐるみは、ベッドの枕元を半分近く占領していた。
「仕方ないだろ。置く場所がないんだから。ほら、口開けろ」
 おかゆをすくったスプーンを差し出してくる少年を見て、青年は顔をしかめた。
「……何をしようとしているんだ」
「何って、見りゃわかるだろ。ロップ様直々にごはんを食べさせてやるんだよ」
「ひとりで食える」
 うんざりとした表情で、青年は少年の手から椀とスプーンをひったくった。
「なんだよ、オレがせっかくー!」
「オレにかまうな。そんなことより、早くこのクマ公を処分しろ」
 青年がじりじりとクマを床に落とそうとするのを、少年は慌てて抱き取った。
「クマ公クマ公ってなんだよ。テディベアだぞ」
「お嬢様の誕生日は今日じゃないのか」
「なんで知って……!」
 その時、青年が壁に掛けてあったカレンダーを指さした。
 今日の日付が大きな赤丸で囲まれてあり、少年は赤面して俯いた。
「こわいんだ……」
「怖い?」
「お嬢様に、受け取ってもらえなかったらって思うと……」
「お嬢様は優しいんじゃないのか?」
 青年が首を傾げると、少年は切なそうにテディベアを抱きしめた。
「でも、他の奴らのプレゼントに比べたら、絶対……」
「絶対、何だ? 重要なのは、他の奴らのプレゼントでも、お嬢様が受け取ってくれるかどうかでもない」
「え?」
 ぽかんとする表情の少年を、青年は呆れたように見遣った。
「おまえがお嬢様の誕生日を本当に祝ってやる気持ちがあるかどうかだ」
「にーちゃん……」
「ロップ、ほれ、勇気を出さんか。渡さんと、ずっと後悔するぞ」
「うん……」
 老人の励ましも手伝って、少年はのろのろと立ち上がった。クマを抱いて入口まで行くと、にわかに振り返った。
「受け取って……もらえるよな!?」
 青年は真面目な様子で深く頷いてみせた。
「きっとな」
 しかし、少年の悩んでいる様子がおかしくて、思わず噴き出してしまった。
「あっ。にーちゃん、今、嘘ついただろ!」
「つかれるのがイヤなら、おまえもつくのをやめろ」
「なにをー!」
「ほら、早く行け」
 ようやく診療所から少年を追い出すと、青年は再びベッドに沈み込みながら呟いた。
「騒々しいガキだ」
「嘘をつくのは、かまってもらいたいからじゃ」
 ふいに老人が読んでいた医学書を閉じ、青年に向き直った。
「気付いておるかもしれんが、あの子はわしの孫じゃない。わしの息子の友だちの子なんじゃ。ある日、その友だちは息子にロップを託してマイロタウンから姿を消した。息子は困り果てたが、もともと子ども好きじゃったから、ロップといい親子を演じておった。しかし、この町を出るカネが欲しいとか言って、バイロフの傭兵に志願してな。結局、戻ってこんかったわい。ロップは二度も親を失った」
 バイロフは北の王国だが、新国家建設を願うテドノ軍と、長い間、激しい戦いを繰り広げていた。
 いつぞやの女の夫もまたバイロフの傭兵に志願して命を落としたことを、青年は思い出した。
「……息子さんは、なぜこの町を出たいと?」
「なんじゃ、『この町は人を喰う』とか言っておったわい」
「人を喰う……」
「わからんでもないがな。この町の人間は皆、カネの亡者じゃわい。カネを食っておるつもりが、いつのまにやらカネに喰われておる」
 老人が溜息まじりに言った時、激しい音を立てて扉が開いた。
 風のように入ってきたのは、出ていったばかりのロップ少年だった。
 その手には、依然としてテディベアが抱かれている。
「……なんじゃ、ロップ。どうしたんじゃ。クマ、渡さんかったのか」
 首を傾げる大人たちを前に、少年は青ざめた表情を浮かべて何かを呟いた。
「……れる」
「何じゃと?」
「オレ、殺される」
「なに?」
「じっちゃん、どうしよう! オレ、殺されちゃうよお!!」
 突然、取り乱して泣き叫ぶ少年に、老人は慌てて駆け寄った。
「何じゃ、いったい。誰に、なんでおまえが」
「きっ昨日、昨日の、銃撃ったヤツ、オレの顔覚えてたらしくて、目撃者を殺すとかってオレを探し回ってて、今、向こうの通りに……」
「な、何じゃと!?」
 青年は顔をしかめると、少年に問うた。
「顔を見られたのか」
「わからない。オレが見たのは、あいつが路地裏に逃げ込むとこだけだ……」
 青年は溜息を付いた。
「……見付かるのも時間の問題だな。しかも、銃創のあるオレがいてはすぐにバレる。やはり、オレはここを出よう」
 青年は身を起こすと、新しいシャツをはおった。
 老人が申し訳なさそうに彼を見る。
「……そうじゃな。悪いが、そうしてくれ」
「いや、こちらこそ、世話になった」
 しかし、最も重要な問題は、ロップ少年をどうするかであった。
 老人が困り果てた表情を浮かべた時、当の少年が突然、叫んだ。
「オレ……オレ、この町を出る!」
「なっ何じゃと!?」
 驚く老人に、少年は両の手を握りしめて語った。
「父ちゃん、言ってた。ホントに美味しいチーズを食いたかったら、自分の足で歩いて牧場に行けって。人間として生きたかったら、この町を出るべきなんだって。オレ、この町を出るよ!!」
「ロップ、おまえ……」
 決意を固める少年に、しかし、青年は冷水を浴びせかけた。
「町を出て、それでどうなる」
「え?」
「町を出たら、おまえは一生、逃亡者だ。一生、逃げたことを負い目に思う。たとえ、おまえに非がなかったとしても」
 青年の突き放した物言いに、少年は唇を噛んだ。
「だって、仕方がないじゃないか! ここにいたら、殺されるだけだ!」
 青年の凍てついた蒼い瞳が、危険な光を浮かべる。
「殺そうとは思わないのか」
「え、なに……?」
「若いの、おまえさん、まさか殺し屋か何かかっ」
 少年を背に回し後ずさった老人を、青年は喉の奥で笑いながら見遣った。
「殺し屋? そこまでヒマ人じゃない」
 青年は険しい表情の老人の前でベッドから降りると、その下から自分のズダ袋を引っ張り出した。
「おまえが逃げたとしても、もしおまえがここにいたことが知られたら、ご老人は無事ではいられないぞ」
 青年の言葉に、少年ははっとした。
「あ……」
「ロップ、わしはいい。どのみち老い先短い身じゃ」
「そういうわけにはいかないよっ」
 宥めようとする老人の腕を掴んで、少年は激しく首を振った。
 確かに青年の言うとおりだった。
 自分さえいなくなればすべて丸く収まると思っていたことを、少年は恥じた。
「ごめん、じっちゃん。自分だけ助かるつもりで言ったんじゃないんだ……」
 少年が本気で落ち込むのを見て取って、青年は再びベッドの上に座り、彼に言った。
「……いいだろう。この件が片付くまで、オレがおまえの面倒を見てやる。ここの礼もあるしな」
「えっ……?」
 目を見開く少年に、青年は肩を竦めてみせた。
「ただし、おまえにも働いてもらうぞ。じいさんに手が伸びる前にカタを付ける」
「わ、わかったよ」
「ロップ」
 心配そうな顔をする老人に、少年は満面の笑顔で応じた。
「まかしといて! じっちゃんはずっとここで医者をしなきゃダメだ。みんなに頼りにされてるんだから」
「ロップ……」
 少年は深く頷くと、勢いよく青年に向き直った。
「それで、オレは何をすればいいのさ」
 青年は小さく笑った。
「簡単だ。お嬢様にクマ公を届ける」

     ■□■

「にーちゃん、ホントは何者なの?」
 診療所から出るなり尋ねてくる少年の髪を、青年は右手でかき回した。
 いつもパイナップルのように撥ねている髪が、余計に逆立つ。
「ただの旅人だ。そんなことより、ちゃんとお嬢様の屋敷まで辿り着けよ。狙撃から逃れるのはけっこう難しいんだからな」
「まかしとけって!」
 少年が胸を反らせて歩き出し、青年は辺りを注意深く視線を放った。
 青年が無法者の顔を知らない以上、少年を囮に彼を見付けるしかない。
 三十メートルほど距離を空けて少年に付いていく。
 しばらくすると、屋根の上に黒い人影が動くのが見えた。
 その人影は最初屋根の上から少年を狙っていたが、少年が歩く速度を頻繁に変えるうえ、看板などの障害物が多いので、やがて建物の側壁に付いた梯子を使って地上に降りてきた。
(プロではないな……)
 青年は内心で笑うと、近くに転がっていた缶を男めがけて蹴飛ばした。
 それは青年に背を向けていた男のふくらはぎに当たり、無法者の男はひどく驚いた様子で彼を振り返った。
「なんだ、貴様っ」
 その声を聞きつけて、先を歩いていた少年が振り返る。
「にーちゃん……!」
「いいから、そのまま行け。クマ公、ちゃんと届けろよ」
 青年は少年を追い払うように手を振った。
「貴様、殺されたいのかっ」
 額に青筋を浮かべる男を、青年はこうるさげに見遣った。
「御挨拶だな。詫びのひとつも言えないのか」
「何だと!?」
「肩、痛かったんだが」
「貴様、昨日の……! 死んでなかったのかっ」
 男の狼狽振りに、青年は思わず噴き出した。
「あんた、殺し屋? いや、下手くそだから違うか」
「き、貴様……!!」
 青年の煽りにまともに引っかかるあたり、本当にプロではないらしい。
 自分に向けられた銃口を見て、青年はにやりと笑った。
「おい、またオレを撃つ気か?」
「撃つさっ! その減らず口、二度と利けなくしてやる!!」
「やってみるんだな。だが――」
 青年の凍てついた蒼い瞳が、月光の下で赤く光る。
「暴発しても知らんぞ」
 青年が男に背を向けた途端、夜の通りに銃声が響き渡った。
 周辺の住人がおそるおそる窓から顔を覗かせた時、眼下の通りには黒ずくめの衣装を纏った男がひとり、自分の作った血だまりの中に沈み込んでいた。


 青年が教えてもらっていた屋敷の前に来ると、ちょうど中から少年が飛び出してきた。
「渡したよっ」
 少年は興奮したように手を広げ、それから左頬を指さした。
「テディベアかわいいって、ほっぺにキスしてくれたんだっ」
「そりゃ良かったな」
「うん。で、あの男は……?」
 急に眉を顰めて深刻そうな顔をする少年に、青年は世間話でもするように淡々と言った。
「銃が暴発して死んだ。ラッキーだったな」
 途端、少年の表情が複雑になり、黙ったまま青年を見つめてくる。
「……何だ」
 歩き出した青年の背に、少年は不可解な言葉をぶつけた。
「……オレ、やっぱり町を出る」
「なに?」
 青年は立ち止まると、少年に向き直った。
「何を言ってるんだ。ヤツはもういない。おまえはこれからも大口を叩いて――もとい、大手を振って通りを歩けるんだぞ」
 しかし、少年はパイナップル頭を強く振って叫んだ。
「町を出る! にーちゃんと一緒に行く!」
「なっ何だと!?」
 とんでもないことを言い出した少年に、青年は目を剥いた。
「決めたっ。もう決めたんだ!」
「勝手に決めるな!」
 決して焦りを他人に悟らせない青年が、本気で焦っていた。
「さっき、『面倒見てやる』って言ったじゃないか!」
「その前に『この件が片付くまで』と言ったぞ!」
 しかし、ロップ少年はなぜか余裕の笑みを浮かべた。
「どっちでもいいよ。重要なのはそんなことじゃないもん」
「なに?」
「オレがにーちゃんに付いていきたいって気持ちが重要なんだ!!」
 一瞬、絶句した青年である。
「……勝手にしろ」
 しかし、さすがの青年も、言霊からは逃げられなかった。
 いや、彼の力を持ってすればできないこともなかったのだが、何故か彼はそうしなかった。
 マイロタウンを出る時、青年の長い影の横に、もうひとつ、小さな影が伸びていた。

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