The story of Cipherail ― 第三章 混沌たる荒野


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 パーツオット海沿岸の国々が友好条約を締結して、この年でちょうど五年となる。数日後、その記念会議がサイファエール王宮で行われることになっており、宮廷書記官たるセディスはその準備のために忙殺されていた。春先の難破船漂着事件以降、彼にはタルコス王国の海賊行為疑惑を追及する任務が与えられていたが、マラホーマ侵攻に従軍したこともあって、その準備は不十分だった。そこへ飛び込んできたのが国王危篤の報である。議長を務める主催国の王が不在というわけにはいかず、記念会議は即刻、中止が決定され、セディスは曖昧な論拠でタルコスを追及する愚を犯さずに済んだが、国王が倒れた経緯を聞いて、奈落の底に突き落とされる思いだった。
「イスフェル、何があったというんだ……!」
 青年には、友が護送隊員を殺害して逃亡するなど到底、信じられない。どよめいている書記官室で拳を握りしめた時、背後から手紙を差し出された。そこにいたのは王家の侍従だったが、セディスが手紙を受け取るとすぐ、何も言わないまま去っていってしまった。
「………?」
 わけのわからないままセディスが手紙を開くと、それはシェラードからのもので、そこには今回の顛末が詳しく書かれてあった。事件の第一の真相を知ってセディスはいっそう青ざめたが、手紙を何気なく懐にしまうと、すぐに部屋を出た。


 書記官室以上のどよめきが起こったのは、近衛兵団の中央官舎である。反逆者の逃亡、国王の危篤という重大な事態の中、国王自身の命令によって王弟の親衛隊が近衛の中に設けられるという。宰相が暗殺された経緯からも、彼らの中には依然として王弟に対する不信感が根強く、今この時に上将軍たる王弟にさらなる力が与えられることは、まだ幼い王子たちにとって、脅威以外の何者でもない。そのため、小隊長以上が出席した会議は大いに紛糾した。その場に給仕でたまたま入ったシダは、議事内容を聞きかじって仰天した。慌てて耳をそばだてるも、その行為は上官たるクレスティナには見え見えで、すぐに会議室から追い出されてしまった。しかし、ここで諦める彼ではない。会議室の前の衛兵と無理やり番を交替すると、閉ざされた部屋の中で何が起こっているのか盗み聞こうと躍起になった。会議が終わってからはすぐにクレスティナを捕まえ、王子たちの部屋へと向かう間、質問攻めにした。そんな彼に、クレスティナは淡々と言った。
「少なくとも、私の隊は親衛隊には入らぬ。我らは今、王子方の教育にも携わらせて頂いておる。そんな我らが、心許ない王子方を置いて他の任務に当たるわけにはいかぬ。それに何より、王子方のことは最も尊い任務だ」
「それは、そうですが……」
 シダもまた、王弟トランスが今以上の力を得ることに反対だった。食い下がる彼に「以上だ」と短く言うと、クレスティナは王子たちの部屋の扉を開けた。そして――。
 部屋の主たちは窓際の椅子に座り、泣いていた。その脇に佇む双子侍従も。筆頭侍従たるカレサスは無論、そのようなことはなかったが、その表情は陰鬱としていた。
「……どうなさったのです?」
 父親の危篤にイスフェルの逃亡と、訊くまでもないことだったが、クレスティナはあえて尋ねた。すると双子王子の兄コートミールがふてくされたように答えた。
「クレスティナ。オレ、全然わかってなかった」
「何をです……?」
「オレ、父上に次の国王はおまえだって言われてがんばろうって思ったけど、けどっ……」
 コートミールは天色の瞳に溢れてきた涙をぐいと拭った。
「オレが王様になる時って、父上が死んじゃった時なんだな!」
「ミール様……」
 クレスティナはぎゅっと目を閉じると、コートミールを抱きしめてやった。その横で泣きじゃくっているファンマリオも。
「大丈夫です。お二人とも、大丈夫ですよ。陛下が亡くなるなど、そのような畏れ多いことをおっしゃってはなりません」
「そうだけど……父上、すごく悪いんだろう? 侍医たちが言ってた」
「……たとえそうだとしても、陛下は絶対、また目を覚まされます」
 クレスティナのはっきりとした物言いに、その腕の中でコートミールは首を傾げた。
「どうしてそんなことがクレスティナにわかるのさ?」
「陛下がお二人に何も言わないで逝かれてしまうとでも? 陛下は絶対にもう一度、目を覚まされます。よろしいですね?」
「う、うん……」
 少し安堵したような二人を、クレスティナはもう一度強く抱きしめた。
「陛下を失うことを恐れているのは、お二人だけではありません。国中の誰もが今、とても心を痛めております」
 貴族たちは勿論、記念会議を控えていただけあって、各国から訪れていた王族や大使などが王宮まで続々と見舞いに訪れていた。大神殿では民たちが国王の回復を祈るために蒼い花を持って訪れているという。そのうち神殿の緑の芝は蒼の空となって鷹が元気に羽ばたけるようになるだろう……。
「お二人が悲しい顔をしていらっしゃると、侍従をはじめ皆がもっと悲しい思いをすることになります。陛下も、お二人が御自分のために悲しんでいる姿をご覧になりたくはないはず」
 彼女の言葉に侍従たちが身を正す一方、王子たちも何度も目や頬を拭い、ようやく笑顔を見せた。
「そうだね、オレたちががんばっていたら、きっと父上は目を覚ましてくれるよね」
「はい」
 今ひとり、気がかりな人物のことは、誰も口にしなかった。しかし、誰もが彼の無実を信じ、そして無事を祈っているのだった。
「さあ、早く御支度を」
 目下、王妃がひとりで見舞客を捌いている。彼らはこれからその応援に行かなければならなかった。身支度を整える二人の姿を見ながら、シダはあることを考え始めていた。


 シダが重い足取りで中央官舎に戻ると、その入口にセディスの姿があった。
「話がある」
「ちょうどよかった。オレもだ」
 二人は連れ立って外に出ると、今は誰もいない練兵場の外周を歩いた。
「ミール様が侍医から聞いたことには、陛下の御容体は相当悪いらしいぞ」
 シダが言うと、セディスは眉根を寄せた。
「だが、かなり回復されたように聞いていたぞ? 実際、執務室にいらした時間も長くなっていたし」
 これが王弟妃の次なる陰謀だとは誰も知らない。彼女は火宵祭の直前から、次の一手を既に打っていた。自分に忠誠を誓ったオーディス=マルドーに指示し、国王の食事に毒を盛っていたのだ。無論、国王には毒味役が付いているが、そもそも毒味役に不健康な人間は選ばれない。それに対して、国王は周知の虚弱体質である。すぐに効果が現れるようなものを使っては要らぬ疑惑を招くだけであり、国王には弱い毒を長期間盛ればいいだけの話だ。誰も国王の昏倒、そして訪れる死を、毒殺とは考えまい。そして今、シダも、その策にはまっていた。
「生来、御病弱だったというし……やっぱり、宰相閣下を失ったことがお心に大きな負担を強いているんだろうな」
「そこへ、今回の件ってわけか……」
 セディスは大きく息を吐き出すと、足を止めた。
「それで、何だ、話って?」
 イスフェルの件で勢い駆けてやって来たセディスだが、シダの方から話を持ってくることは珍しく、先に尋ねてみようと思った。しかし、シダの方はまだ自分の考えがまとまっておらず、やはり先にセディスから話をしてもらうことにした。セディスは首を傾げた後、それならと懐からシェラードの手紙を差し出した。それを読んだシダが目を見開くのを確認し、口を開く。
「シェラードは今朝方、サイエス監獄に発ったらしい。いくら陛下の庇護があっても、この分じゃ事実上、サリード家は終わりだ」
「………」
「イスフェルもユーセット殿も今ごろどこでどうしているのか……。くそっ、何でこんなことに!」
 歯ぎしりするセディスの横で、シダは書面に目を落としたまま立ち竦んでいた。彼の内で、先刻から考えていることがますます重要になってきたように思った。
 普段ならシダが激昂し、自分がそれを取りなす役目なので、セディスは黙りこくっている友人を訝しげに見た。
「おい、おまえ、どうして黙ってるんだ?」
 すると、シダはまじまじとセディスを見た。
「セディス、今からオレが話すことを聞いてくれるか?」
「ああ……?」
「オレはおそらく――いや、絶対、バカなことを言う。だから、おまえもバカげてると思ったら、すぐに否定してくれ」
「わかった……」
 前回、シダが話があると言ってきたのはいつだったか。それを思い出して、セディスはすぐに憂鬱になった。それが、王弟の息子リグストンが騎士パレスの愛馬を強奪した騒ぎを受けて、近衛をやめると言い出した時だったからだ。
(まさか今回もとんでもないことではないだろうな……。勘弁してくれよ。今回はイスフェルがいないんだ)
 しかし、今回の衝撃と動揺は、前回の比ではなかった。
「オレ……王弟殿下の親衛隊に入ろうと思う」
 それを聞いたセディスは、目を剥いてシダを見た。しかし、あまりのことに二の句が継げなかった。前回、シダが近衛をやめると大騒ぎしたのは、まだ王子たちの存在が知られておらず、将来、鼻持ちならない王弟派が王位を継承すると目されていたからである。王弟派と対峙する宰相派のひとりとして夢を描いていたシダには、じきに王弟派へと回らなければならなくなる近衛に属することが耐えられなかったのだ。それを今、シダはいったい何と言ったのだろう? とても同じ人間の口から出た言葉とは思えない。王弟の親衛隊に入るということは、いつか王子たちと対峙することになるかもしれないのだ。鷹巣下り以降、誰よりも――イスフェルにも負けるとも劣らぬ愛情で彼らに接してきたシダだというのに、彼らを裏切るというのか。イスフェルとの絆である夢を、捨てるというのか。
 セディスは自分の耳を引きちぎって奥まで綺麗に掃除したい気分だった。そうすれば、シダの言ったことが聞き間違いだったとわかるだろう。だが、無論、そんなことはできない。
「――なに、何だって……?」
 紫根色の瞳に怒りを露わにしながら、セディスはシダに詰め寄った。
「シダ、おまえ……今、何と言った!?」
「だ、だから、言っただろう。バカなことを言うって――」
 後ずさりするシダの胸元を、セディスは容赦なく掴んだ。
「それでも言って良いことと悪いことがあるだろうが! このクソバカ!」
「クソ……!?」
 自分で馬鹿なことを言っていると自覚はしているが、それを真っ向から罵声とともに否定されると腹も立つというものである。シダはセディスの腕を掴んで引きはがした。
「何だと、この野郎! オレだっていろいろ考えた上で言ってるんだ!」
「何がいろいろだ! おまえの考えることは、昔っから、まったく、本当に、ろくなことじゃない!」
「なに、セディス、もう一度言ってみやがれ!」
 二人が再び取っ組み合った時、ふいに官舎側から声がかかった。
「近衛兵と書記官がこんな場所で取っ組み合いか? 明日はこの噂で持ちきりだな」
 水を差されて二人が忌々しげに振り返ると、そこに立っていたのはクレスティナだった。
「二人とも、この期に及んでまだ学生気分が抜けておらぬようだな」
「クレスティナ殿!」
 セディスはシダを掴んでいた腕を荒々しく振りほどくと、今度は女騎士に詰め寄った。王子を得はしたが、その代わり友を失った。今では学院時代など、遥か昔に感じられる。
「貴女はシダの上官でしょう! このクソバカをどうにかしてください!」
「クソバカ?」
 眉根を寄せるクレスティナの前に、憤怒の表情のシダが割って入った。
「セディス、おまえ、まだ言うか!」
「ああ、何度でも言ってやる! クソバカの大馬鹿野郎!」
 目の前で繰り広げられる不毛な言い争いにげんなりすると、クレスティナはそばにあった井戸で桶に水を汲み、それを二人に向かってぶちまけた。今度こそ文字通り水を差され、二人はようやく離れた。しかし、セディスの怒りは凄まじかった。
「こいつの言うことを聞けば、オレに水をかけたことを後悔するでしょうよ!」
 そう吐き捨てると、踵を返し、書記官室へと戻る回廊の方へ去って行ってしまった。
「……さて、私の隊に『クソバカ』はいなかったと思うが……いったいセディスに何を言ったのだ?」
 持っていた桶を井戸の周囲の草むらに放ると、クレスティナは乱れた漆黒の髪を背後へ払った。
 シダは俯いたまま、拳を握りしめて言った。
「小隊長……オレを、親衛隊に入れて下さい」
「ふん……?」
 意外にもクレスティナの反応が薄いので、シダは顔を上げた。
「あの、オレ、王弟殿下の親衛隊に……」
「聞こえている」
「だって、『ふん』って、もっと他に……」
「じゃあ、セディスみたいに言えばいいのか? クソバカ、と」
「そっれは……」
 クレスティナはわざと大きく息を吐き出すと、両手を頭の上で組み、背伸びをした。
「ここにおまえたちの姿が見えた時から、何か嫌な予感がしたのだ。なぜ嫌な予感ばかり当たるのか」
「小隊長……」
 王子を二人も得たことで、いったい自分たちは人生の幸運をすべて使い果たしてしまったのだろうか。
「それで。それは勿論、王子方のためなのだろうな?」
 振り返ったクレスティナの顔に困ったような笑みがあり、シダは引き結んでいた唇に力を込めた。
「勿論です」
 彼も無論、王子たちのそばに居たかった。だが、依然として得体の知れない王弟の側に王子たちを愛する自分がいることは、決して悪いことではないはずだ。いざという時には、同僚から裏切り者の汚名を着せられても、王子たちの盾になってやれる。
 クレスティナが長い溜め息を吐いた。
「こちらとしても粋の良い新人がいなくなるのは寂しいが……いいだろう。内部異動の手続きをしてやる。王子方にはちゃんと自分の口から説明しろ。それから、セディスにもな」
「……はい」
 じりじりと照りつける太陽は本当に熱かった。この決断が正しいか否か、それはおそらく神にもわからぬことだろうとクレスティナは思った。


 王弟の親衛隊が正式に発表されたのは、それから三日後のことだった。有事の出征部隊である第一連隊の第四大隊から六十人、王宮駐屯部隊である第二連隊の第四大隊から六十人。シダはその前日のうちに第一連隊の第一大隊から第四大隊へと転属された。王子二人からはひどく寂しがられたが、最終的には「叔父上のためにがんばって」と励まされた。それがかえってシダの胸には苦しかった。セディスは一応は納得してくれたものの、その表情は暗かった。イスフェルは勿論、監獄で面会したシェラードが気にしているユーセットとも依然として連絡が付かず、これ以上、仲間がばらばらになってしまうのが嫌なのだろう。結果までの過程で何が起こるかわからず、それも当然のことだった。
 王弟との初顔合わせが行われたのは、中央官舎三階の大広間だった。
「国王陛下の御命令の下、我ら身命を賭して、殿下をお守りする所存でございます」
 そう淡々と挨拶したのは親衛隊長に選ばれたフレイ=アグゼスという騎士だった。もとは第二連隊第四大隊長であり、近衛兵団入団二十五年の勇士である。国王への忠義に厚いことで知られ、ゆえに王弟への見張り番の意味もこめて、この人事となった。
「おぬしらを頼りにしておる。私の親衛隊となった以上は、私のために・・・・・尽くしてくれ」
 ここで忌々しげに顔を歪めたのは、おそらくシダだけではなかっただろう。しかし、忌々しい発言はまだ続いた。
「しかし、記念会議を中止と決めたのは早急だった。我らだけでも何とかなったと思うのだが」
 まるで国王がいなくてもいいというような物言いに、親衛隊の中には険悪な雰囲気が生まれつつあった。
(セディスの言うとおりだ。まったく、オレの考えときたら、ろくでもなかったな。だが、だからこそ、王弟を見張っていないとならないんだ――)
 シダが自分を落ち着けようと深く息を吸い込んだ時、王弟が思わぬことを言った。
「何のために王子がいるのだ」
 シダは一瞬、息を吐くのを忘れ、ゆえに呼吸を乱して苦しんだ。周囲の同僚に訝しげに見られ、赤面する。
(王子だって……?)
 幼い王子に記念会議の議長が務まるはずもない。王子に恥をかかせようとしているのだろうか。そう思って腑が煮えくりかえりそうだったが、王弟はさらに意外なことを言った。
「他国に王子の年齢を理由に付け込まれる隙を許してはならぬ。会議が中止でも、そうさな、懇親会ならいいだろう。王子主催の懇親会を開く。王子の両脇を陸海の上将軍で固めれば問題はあるまい。王妃にも御出席頂ければ完璧だ」
 大広間がざわめいた。眼前の王弟は、親衛隊の面々が思い描いていた王弟像とはかなり違った。武を尊ぶ近衛兵団にいても、その昔、王弟が外交で好き勝手をして国王の不興を被ったことは皆が知るところだ。記憶に新しすぎる宰相変死事件では、陰謀の張本人ではないかと嫌疑もかけられた。そんな彼が政治についてまともに語り、おまけに幼い王子たちを立てようとしてくれている。
「殿下、我々は殿下をお守りしますが、近衛ゆえに政には関わりを好みませぬ」
 フレイが慎重に言葉を返すと、王弟は首を竦めた。
「無論だ。だが、使者くらいは務めてくれるであろうな?」
「それぐらいでしたら」
 すると、今度は副長のハインが前に進み出た。
「殿下、ゼオラ殿下は現在、聖都へ行かれておりますが」
「ならば早馬を出し、任務が済み次第、ただちに王都へ帰参するよう申し伝えよ。でないと遊び歩いて帰りがいつになるかわからぬ。……まあ、陛下がご病気ゆえ、さすがのあやつもそのようなことはなかろうが。間に合わぬ場合は私ひとりでいく」
 ゼオラの放蕩振りは近衛の誰もが知るところであり、誰も彼を弁護しようとはしなかった。
「シダ=エストール」
 突然、自分の名前を呼ばれて、シダの心臓は飛び上がった。平静を装いながら返事をすると、一身に注目を浴びつつ、列から進み出た。
「おぬしは鷹巣下りの一員であったな」
「……はい」
 王弟がそのようなことまで把握していたとは。シダは一気に警戒心を高めた。
「宰相代理には私から直接言うゆえ、王子に私の手紙を届けよ。そのつもりで準備しておけ、と」
「御意……」
 いったい、王弟がどうしたいのか、つまり自分が玉座に就きたいのか否か、それがまったく推し量れず、シダは困惑したまま元の場所へ戻った。


 王子主催による懇親会は、記念会議が行われるはずだった日に、サイファエール王宮の名所のひとつとなっている涼の間にて催された。
 涼の間は、迎賓館北側の高台に突き出すように建てられた広い露台で、その入口には直径二ピクトほどの水車がある。中央に太陽神、十二の羽根にそれぞれ十二聖官の姿が彫られた、芸術的にも価値のある美しいもので、それによって屋根裏に上げられた地下水が天井を冷やし、人々を暑さから守るのだった。
 結局、ゼオラは聖都での任務を優先させたため、懇親会には出席しなかった。しかし、その開催に賛同する書状を返送したので、臣下に戸惑いが生じることはなく、万端の準備で開かれた懇親会には、パーツオット海沿岸諸国の代表がすべて出席し、盛況のうちに幕を閉じた。
 客人たちには持病の悪化とのみ説明されたイージェント王の病状は、依然として意識が回復せず深刻だった。しかし、特に幼い王子たちが父王とのやりとりを明るく語ってみせたため、客人たちも、そして何より臣下が悲観的にならずに済んだ。
 サイファエールの夏はもはや終盤にかかっていたが、人々を取り巻く事態は、これからその熱さをさらに強めていきそうだった。

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