|呪|滅|の|言|霊|

第七話 自由への


「ロップ、後ろの様子はどうだ?」
 青年の言葉に、少年はサンドバイクの後席で身を大きくよじると、自分たちの巻き上げた砂塵越しに遠くを睨んだ。
「うーん、相変わらず追っ手らしきものは見えないけど。でも、砂丘ばっかだし、陰に隠れて見えてないだけかも」
「上は?」
「うえぇ?」
 少年は眉根を寄せてそのまま突き抜けるような蒼を見上げた。
「ヘリどころか鳥だって――雲だってないよ」
 それを聞いて、青年は内心で眉をひそめた。
 あれだけ盛大に襲ってきた連中が追っ手の影も見せないとはおかしい。
 しかし、敵の心当たりを訊いたところで、人気絶頂のアイドルでマイロタウンの権力者ヴォザールの孫娘には当てがありすぎるに違いなかった。
 青年は併走している派手なショッキングピンクのサンドバイクに跨った少女をちらと見た。
「おい、今回、正規のボディガードはどうしたんだ? なぜオレを雇うようになった?」
 すると、少女はなぜか気まずそうに視線を泳がせた。
「以前に色々あって……決まったボディガードは置かないようにしてるの。今回は旅気分を味わいたくて、出発の日の朝、雇ってた人を断ったんだけど、ミゲルさんが怒って募集チラシを……」
「当たり前だ。今回こそ必要なものだろうが」
「だって……」
 口ごもる少女に助け船を出そうと、少年は後席から身を乗り出した。
「奴ら、すごい装備だったけど、前にもこんな大がかりな誘拐騒ぎってあったの?」
「いいえ。小さな嫌がらせやストーキングは日常茶飯事だし、おじい様関係でお金目当ての騒ぎもあったことはあったけど、今回みたいなのは……」
 そこで、少女は深い溜息を付いた。
「ミゲルさんもみんなも無事だといいけど……。私が外に出たいなんて言わなければ……」
「コ、ココロちゃんのせいじゃないよ! 襲ってきた奴らが悪いんだから!」
 少年はかばおうと夢中で言ったが、地に倒れ込み、身動きひとつしない幾つもの人影を全員が見てしまっている。
 少女ひとりの責任というわけではないが、彼女がその一端を背負っていることもまた事実だった。


 一行が逃走ルートとしたホラッドタウンより北は、遥か彼方にうっすらと見えるイガロ山脈まで延々と砂漠が広がっている。
 旅人には『死者の国』と呼ばれ恐れられているその場所で、最初の夜は野宿となった。
 満天の星空の下、サンドバイクに装備されていたサンドテントを広げながら、少年は思い出したように青年を振り返った。
「ねえ、にーちゃん。あのヘリ、どういう言霊で吹っ飛ばしたの?」
「……それを聞いてどうする」
「どうするって……そりゃ、オレ、言霊師じゃないし、どうするも何もないけど……言霊の力って、すげえなあと思って……」
 それを聞いて、青年は砂にペグを打ち込みながら溜息を付いた。
「おまえは気楽でいいな」
 その微妙な声色に、少女が反応する。
「旅人さんは、気楽じゃないの?」
「………」
 思わず黙してしまった青年だった。
「……オレは、この力で良い思いをしたことは一度もない」
「じゃあ、なんでにーちゃんは言霊師になったの?」
 不思議そうな顔をしている二人に、青年は内心で大きく吐息した。
 言霊師という存在は、世間にそれとなく知られているが、青年の知る限り、その力が体系的に研究されているということはなく、謎なことや言霊師自身でさえ理解していないことも多いのが現状だ。
 ゆえに、普通の人間である彼らが何も知らないのも当然だった。
「言霊師は『なる』ものではなく、生来の素質に因るものだ」
「遺伝、とか?」
「それはない。――少なくとも、オレの先祖にはいなかったはずだ」
 一族全員がそうだったなら、青年が孤独に苦悩し、根無し草のように旅をすることはなかったはずだった。
「にーちゃんは、他の言霊師に会ったことあるの?」
「ああ」
「どんな人たち? みんなにーちゃんみたいに旅をしてるの?」
 普段は自分のことなどまったく語ろうとしない青年が、今夜はなぜか雄弁だった。
 少年は今までに聞きたくても聞けずじまいだったことを聞いておこうと、頭の中であれやこれやと質問をひっくり返した。
「そういうヤツもいたが、言霊師だって力を除けば普通の人間だ。店をやっている奴もいれば、医者をやっている奴もいる。言霊で儲けてる奴、聖職に就いている奴……」
「はー、ホントにいろいろだね」
「中には自分が言霊師の素質を持っていると気付いていない奴もいた」
「えー! 勿体ない!」
「勿体ない、か。オレにはそいつが羨ましかったがな」
 その時、青年と少年のやり取りを黙って聞いていた少女が、いきなり核心を突いた。
「ねえ、旅人さん。どうしてあなたは旅をしているの?」
 思わず顔をしかめた少年だったがもう遅い。
「……少し喋りすぎたな。もう寝るぞ」
 案の定、青年の開いていた心の扉は即座に閉じられ、少年は面食らっている少女の顔を少し恨めしげに見遣った。
 しかし、少女は食い下がった。
 翌朝、朝食の支度をしながら、再び昨夜の話題を持ち出したのだ。
 あまり青年の機嫌を損ねたくない少年は少女に忠告したかったが、青年がずっと傍にいるのでそれもできない。
「ねえ、旅人さん。どうして旅をしているの?」
 しかし、青年はそれを無視した。
 少女は小さく溜息を付くと、「じゃあ」と再び口を開いた。
「マイロタウンで、どうして私のところに来てくれたの? 帽子を届けるのはついでだったんでしょう?」
「なんだそれは。自惚れか?」
 嘲笑うかのような青年に、ついに少女の怒りが爆発した。
「そ、そういう意味じゃないわ! あの時、あなたがしてくれたことで、その後、私、随分楽になって……だから、あれをするためにわざわざ来てくれたのかなって。だから、あなたが旅をしているのもそのようなことなのかなって! もういいわ!」
 一気に言葉を並び立てると、少女は三人の中央に広げた食べかけの食事を一切合切荷物に仕舞い込み、サンドテントを出て行ってしまった。
 次にバサバサと聞こえてきた音は、おそらく自分のテントを片付けているのだろう。
「……どーすんのさ、にーちゃん」
 ロップは隣で黙々と食事を続けている青年を睨み付けた。
「何が」
「女を怒らせると後が怖いって、じっちゃんが言ってたよ」
「知るか。向こうが勝手に首を突っ込んできて、思い通りにならないと喚いているだけだろ」
「まあ、そうだけど!」
 辛うじて手に持っていたチョコ菓子を、少年は口に押し込んだ。
「おまえまで、何で怒ってるんだ」
「そっれは……!」
 少年だって知りたいのだ。
 青年の旅をする理由を。
 しかし、この場で再び問い質しても無駄なことは、経験上、少年にもよく分かっていた。
「もう、早く出発しようよ!」
 無理矢理話を切り上げると、少年もサンドテントを出た。

     ■□■

 少女の機嫌はイガロ山脈の麓の町が見えるまで直らなかった。
 青年は家々が望める森の陰にサンドバイクを止めると、少年と少女をその場に残し、ひとりで町へ向かった。
 買い出しと情報収集のためだ。
 残された二人は、小さくなっていく青年の背中を見送りながら同時に溜息を付き、顔を見合わせて笑った。
「コブくんにまで嫌な思いをさせてしまってごめんね」
「ううん、そんなこと……。ココロちゃんはオレが聞きたかったことを代わって言ってくれたわけだし」
「えっ? コブくんも旅人さんの旅の目的を知らないの?」
 この問いは、少年のプライドに少々亀裂を入れ、少年はサンドバイクの座席にうなだれた。
「うん……ずっとはぐらかされてて」
「じゃあ、どうして一緒に旅をしてるの?」
 なぜかとと問われると、それは少年にも説明しがたかった。
「んっと……マイロタウンで悪いヤツに命を狙われて、それをにーちゃんに助けてもらって。それは解決したんだけど、なんか、にーちゃんと一緒にいないといけないような気がして、無理矢理付いて来ちゃったんだ」
「そうだったの……。あ、じゃあ、コブくんもマイロタウンの人だったんだ」
「うん。あ、それで、この間言ってたこと……にーちゃん、ココロちゃんに何をしたの? 帽子がどうとかって……」
「ああ」と少女は頷き、マイロタウンで青年と出会った時のことを語った。
「『言葉にも時にはムダが必要だ』って言ってね、それからすごく気が楽になったの」
「ふうん、にーちゃんがそんなこと……」
 少年には嘘をつくなと言った青年だった。
 少女はサンドバイクの横の木に寄りかかると、吐息とともに肩を落とした。
「旅人さん、最初は探し物をしてるって言ってたんだけど……」
「あ、それはオレも聞いたけど、何を探してるのかって訊いても教えてくれないんだ。無理だとか、だからダメなんだとか、意味のわからないことばっか言って」
 その時、少女がふと何かを思い付いた様子で、少年におそるおそる切り出した。
「あの、コブくん。こんなこと訊いて、怒らないで欲しいんだけど……」
「なあに? ココロちゃんなら何でもOKだよ」
「あの、旅人さんの名前って……」
「ああ……」
 少女が言いにくそうにしていた理由がようやくわかった。
 写真集の撮影現場で何度も尋ねられ、少年が憤慨していたのを知っていたのだ。
「実はオレも知らないんだ」
「それって、旅人さんが言霊師だっていうのと何か関係があるのかしら……」
 そこで少年は、ホラッドタウンに行く前に立ち寄った廃墟の村でのことを語った。
「そこのミホルバっていう言霊の泉の番人がね、教えてくれたんだ。言霊師が名前を明かすっていうことは、相手に魂を握らせるのと同じなんだって」
「名前が、魂……」
「にーちゃん、なんかすごい強い言霊師らしくて、だからそのハン……反動っていうの? それも大きいみたいで。だからミホルバ、オレににーちゃんのそばを離れてやるなって言ったんだ」
「そう……」
 少女の顔は、なぜかひどく深刻だった。
「そのミホルバって人、今は?」
「死んじゃったんだ――というか、もともと死人だったんだけど、えっと、なんていうか、にーちゃんが腐りかけてた泉をキレイにして潰しちゃって」
「奇麗にしたのに潰したの?」
「うん」
「………」
「とにかく、あの、にーちゃんにあんまり根掘り葉掘り訊かない方がいいと思うよ。人にはやっぱり言いたくないことってあるじゃん?」
「そうね……」
 しかし、それは曖昧な相槌で、少年は少女が何を考えているのか、さっぱりわからなかった。


 その頃、青年は町の食堂にいた。
 彼の視線の先では、テレビが夕方のニュースをやっているところだった。
 この日起こったいくつかのニュースの後、『特集・消えた笑顔』という題字とともに大きく画面に映し出されたのは、言わずと知れたマイロタウンのアイドルだった。
 その中で、襲撃による死亡者が四名――いずれも撮影クルーだったことが判明した。
 マネージャーのミゲルは、左腕に大火傷を負いながらも事情聴取に応じているということだった。
 運ばれてきた料理を食べながら、それとなく耳をそばだたせていた青年だが、事態は思いも寄らぬ方向へ転がっていた。
 キャスターが次に重大な新展開として伝えたのが、なんとボディガード――つまり青年が、少女を人質として連れ去ったというのだ。
 事件から数日、少女とボディガードが音信不通になっているためらしい。
 そのため、少女の祖父であるマイロタウンの実力者ヴォザールが、ボディガードたる青年を賞金首にしたこともわかった。
 その額十億バレル。
 あまりの展開に、さすがの青年も呆気に取られて画面を見ていると、彼の横でさっと風が動いた。
 はっとしてその方を見ると、食堂の女将がピッチャーを青年の空いたコップに傾けながら、「十億! これまた大金だねえ」と青年に話しかけてきた。
 テレビを見ていた限り、青年の顔写真が映ることはなかったため、女将の様子はまさに他人事だった。
「あ、ああ……」
 百万バレルのボディガード代をまだ前金の三十万バレルしかもらっていないというのに、残額どころか十億の賞金首にされてしまった。
 ――いや、今はそんなことを考えている場合ではない。
 青年は残りの料理をかっ込むと、速やかに買い出しを済ませ、二人が待つ森へと戻った。

     ■□■

「おい、おまえの祖父さんに賞金首にされたぞ」
 買ってきた焼き立てのパンを二人に放ると、青年は開口一番そう言った。
「えっ?」
「賞金首!? なんで!?」
 驚き瞠目した二人に「知るか」と吐き捨てると、青年は紙袋の中から炭酸飲料の入った瓶を取り出し、それを呷った。
「おじい様があなたを賞金首にしたってことは……」
「なに? なに? なに!?」
 恐々と急かす少年の横で、少女は申し訳なさそうに青年を見上げた。
「私があなたに誘拐されたことになってるってこと……?」
「えーーーっ!!」
 少年の絶叫が、木々の間に響き渡る。
「何でさ!? にーちゃんはココロちゃんを命がけで守ったんだぞ! 感謝してボディガードの給料を増やしてもらったっていいところを、なんだって賞金首なんかにされなきゃならないのさ!」
「……ロップ、少し静かにしろ」
「しっしっしっ静かにだって!? そんなの無理だよ!」
 青年が賞金首になったということは、彼とともに行動している少年自身もそうだということである。
 何も悪いことをした覚えがないのに、なぜ犯罪者にならなければならないのか。
「なんでにーちゃん、そんなに落ち着いてんのさ!? にーちゃんは――」
 しかし、青年は少年の顔に寝袋を押しつけると、そのうるさい口を封じた。
「黙らなきゃ置いていくぞ。まあ、ひとりじゃないから寂しくはないだろうがな」
 言いながら青年の視線が少女に移され、少女は息を呑んだ。
「私をここへ置いていくの……?」
 それに少年が寝袋の盾から飛び退いて抗議の声を上げようとしたので、青年は今度は寝袋を投げつけた。
 顔面でそれを受け止めた少年は、そのまま地面へひっくり返ってしまった。
「オレはおまえのボディガードを引き受けたのであって、賞金首を引き受けたわけじゃない」
「それはそうだわ。どうしてこんなことになったのかはわからないけど……私からおじい様に説明すれば、ちゃんとわかってもらえるから!」
「どうだか」
 楽観的に笑顔を作っている少女を、青年は鼻であしらった。
 早速、少女が気分を害し、眉根を寄せる。
「どういう意味――」
「ミゲルは生きてる」
「えっ!?」
 一瞬、嬉しそうな顔した少女だが、すぐに表情を曇らせたのは、青年の考えを察したからだろう。
「なのにテレビでは何者かの襲撃があったことには一切触れられず、ボディガードが十億の賞金首になったことだけが大々的に流れてる」
「じゅ、じゅうおく!?」
 その天文学的な額に素っ頓狂な声を上げたのは、地面にひっくり返ったままの少年だった。
「これ以上、おまえのボディガードを続ける理由もメリットもない」
 むしろ、大いなるデメリットを背負った格好である。
 たとえ少女と別れようと、今後行く先々で賞金稼ぎに狙われることになるのだ。
 青年の旅を邪魔する者は、誰であろうと許すわけにはいかない。
 そんな彼に、少女が存外、物静かに言った。
「……メリットなら、あるわ」
 目を細めた青年を見て、少女は勇気を奮い起こして続けた。
「さっきコブくんが言ったでしょ。感謝してボディガードの給料を増やしてもらいたいくらいだって。だから、給料を増やすの。十億よ。どう?」
「コ、ココロちゃん、そんな大金持ってるの!?」
「私が何歳から稼いできたと思ってるの?」
 四つん這いで寄ってきた少年に向かってにこりと微笑むと、少女は再び青年を見た。
「私がいてもいなくても追われるのなら、私を連れて行って」
 しかし、青年は無言のまま自分のサンドバイクに跨った。
 少女は慌てて彼の腕を掴んだ。
「この際、本当に私を人質にしたら、おじい様だって簡単に手が出せなくなるわ」
 以前に済んだ話と無視を決め込んでいた青年だが、少女が実の祖父でありマイロタウンの実力者である人間と対峙しようとしているのを見て、その顔に怒気を漲らせた。
「おまえ、自分が何を言っているのかわかっているのか」
 しかし、少女はここで渾身の想いを爆発させた。
「私は自由になりたいの!」
 彼女の握りしめた両の拳が震えていた。
「それが嘘でも……一瞬の幻でもいい……。お願いです。一緒に連れて行ってください……」
 深々と頭を下げる少女に、少年も同情し、懇願するような目で青年を見た。
「……にーちゃん」
 青年はしかめていた顔で溜息をついた。
 既に言霊は放たれてしまった。
「……少し待ってろ」
 うんざりしたように吐き捨てると、再び町の方へ歩いていった。
 しばらくして戻ってきた青年の腕には、先ほどよりは大きな紙包みが抱えられていた。
 その中からスプレー缶を出すと、青年は少女のサンドバイクに向かった。
 何をするのかと注目している二人の前で、青年は何の断りもなく少女のサンドバイクにそれを噴射した。
 と、みるみるうちに、ボディのショッキングピンクが黒へと染められていく。
「に、にーちゃん!?」
 思わず立ち上がった少年には目もくれず、青年はスプレーを噴射し続け、一本が空になるともう一本出してきて、さらにバイクを漆黒に染め上げた。
「こんな目立つのに乗ってたら、すぐに見付かっちまう」
 これを聞いて、二人の顔色がぱっと輝いた。
「よかったね、ココロちゃん!」
 手を合わせ、少年とひとしきり小躍りして喜び合うと、少女はふと思い立って自分のサンドバイクに駆け寄った。
 そして、青年が今しがた漆黒に変えたばかりのサイドトランクを開ける。
 そこに入っていた物に、青年は眉根を寄せた。
「……何だ、これは」
「コスメとか、メークグッズよ」
 少女が手を伸ばした先では、小物やブラシ、整髪剤などが入れやすいように細かく仕切られており、蓋の裏にはご丁寧に三面鏡まで取り付けてあった。
「そんなの見りゃわかる。そんなものが何でサンドバイクに専用のトランクまで作って乗っけてあるんだ」
「このバイク、私用の特注品なんだけど、近々、ココロ・モデルとして女の子向けに売り出す予定だったの。女の子は身だしなみに気を遣うでしょ?」
 思わず顔を強張らせた青年と少年だった。
「身だしなみを気にする女が、サンドバイクで荒野を走るか」
「あら、ワイルドでいいじゃない。といわけで、私もワイルドになるわ」
 言うなり、ヘアカット用のハサミを自分の自慢の金髪巻き毛に当てる。
 ザクリと音がして、毛束が地に舞った。
「コッ、ココロちゃん……!!」
 少年は慌ててそれをかき集めた。
「な、ななな、なんてことを!」
 卒倒寸前の彼に、少女は目をぱちくりとさせて答えた。
「だってさっき、旅人さんが言ったでしょ? 売れてるこの顔じゃ、すぐに見付かってしまうわ。だから変装しなくっちゃ」
 言いつつも少女は髪をどんどん切っていき、肩甲骨の辺りまであったそれは、あっという間に耳を隠す程度にまで短くなった。
 おまけに今度はヘアカラースプレーを出すと、先刻の青年よろしく、それを自分の髪に吹き付けた。
 見事な金髪が、どこかの狂ったチンピラのような赤髪に変わっていく。
「あ、あああ、ココロちゃんが……」
 絶望の面持ちで項垂れる少年を、少女がさすがに気まずそうに見遣った時、それまで黙っていた青年が言った。
「ロップ、こいつはこいつだろう。バカなこと言ってないで早く乗れ。置いていくぞ」
 少女はキャスケットを深々と被ると、最後にゴーグルをかけた。
 その鳶色の瞳には、今にもこぼれそうなほど涙が浮かんでいた。

【 To be continued... 】

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