The story of Cipherail ― 第八章 陰謀の王都


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 その門の前に立ったのは、実に二十年ぶりであった。当時、真新しかった鉄の扉は、長年の風雨にさらされて重厚な趣を滲み出すようになっていた。それにかかる、まだまばらだった蔦も、今では中が見えないほど隙間無く茂っていた。
(最後に訪れたのは……ああ、最初の子を亡くした後だったな……)
 家庭では落胆の色を見せられない男を気遣った親友が、半ば強引に招いてくれたのだ。
(最近、王宮にはいらっしゃっていないという。おそらく、きっとここに――)
 男は門扉の右側の鉄柵に向かうと、左から二本目の棒を少し持ち上げた。すると、ギイという音とともに鉄柵状の扉が開き、大人が一人通れるほどの空間が生まれた。――わざわざ門番を呼ばなくても済むようにと、親友が教えてくれた秘密の出入口だった。彼の顔に苦い笑みが浮かぶ。
(……もう、封印してしまったかと思ったが……)
 顔を上げれば、青い屋根の美しい館が穏やかな午後の時を刻んでいる。男は静かに足を踏み出した。


「……オーエン?」
 館の玄関へ向かう途中、男は生け垣の前に屈み込んでいた人物に声をかけた。振り返ったのは使用人と思われる老人だったが、彼はこれ以上ないくらいに目を見開くと、弾かれたように立ち上がった。
「こ、れは……ウォーレイ様!? ウォーレイ様ではございませぬか!」
「まだ息災であったか」
 濃い浅葱色の瞳を細めるウォーレイに、老人も破顔する。
「このように腰は曲がりましたが」
「何をしている?」
「この辺りで、種の袋を落としてしまったのです。まあ、そのうち派手な花が咲きましょう」
 老人がおどけ、ウォーレイはおかしそうに首を竦めた。
「相変わらずだな、オーエンは」
「ウォーレイ様こそ――」
「老けたか」
 ウォーレイの皮肉げな切り返しに、彼よりひと回り以上年長のオーエンは、両の眉根を持ち上げた。
「何をおっしゃいます。宰相閣下の御活躍は、この老人の耳にも漏れなく入って参ります。本当にお懐かしゅうございます」
「すっかり無沙汰をしてしまったな」
「仕方ありませぬ。時代の流れです」
 老人はあっさりと言ったが、ウォーレイにはひどく重い言葉に聞こえた。小さく吐息し、陽の光を白く跳ね返している館を見上げた。
「……殿下は?」
「東のお庭でございます」
「東?」
 ウォーレイの怪訝そうな表情に、オーエンは再び笑った。
「東、南、西、北。二回りして、また東でございます」
「そうか……」
 ウォーレイは妻が作ってくれた手みやげをオーエンに渡すと、東の庭へ向かった。二十年前、主人たっての要望で草木の一本も生えていなかった庭は、今や彼の屋敷や王宮の庭と同じくらいの緑に溢れ、季節の花が咲き誇っていた。そして、辿り着いた東の庭も、その例外ではなかった。
「なんと……」
 途中から同じ方向を目指していたせせらぎが、森の手前で小さな池を作っていた。そのほとりには木製の四阿が建てられ、屋根や柱に蔦が装飾を施している。さらに、その周りを白や黄色の花を満開にした低い立ち木が囲み、水面に美しい姿を映していた。小さな低い丘を桃色の小花が覆い、その間にところどころ咲いた深紅の薔薇が目に鮮やかだった。
「必ず立派な庭を造り上げると申したであろう」
 ふいに横合いから声がかかり、ゆっくりと視線を巡らせると、前掛けをしたひとりの男が、手にした大きな鋏で木の形を崩す枝を切っているところだった。
「殿下――」
 彼こそウォーレイの旧友にしてこの館の主人、王弟トランスだった。
「突然押しかけましたこと、どうぞお許し下さい」
「……別にかまわぬ。あの言を撤回した覚えもない」
 淡々と言うトランスに、ウォーレイは沈黙した。
『この館は、我々の隠れ家だ。私がおらぬ時でも、いつでも来るといい』
 二十年前のあの日、トランスはそう言って彼を送り出してくれた。ルアンダにも出入りを禁じたからと、笑って言っていた。
(避けていたわけでは、決してない。あの言葉に甘えてしまいたくなかった。ただ、それだけだったというのに……)
 最後に訪れた日の翌年、国王イージェントが結婚した。相手はレイスターリアの王女であり、サイファエールからは国王の妹がレイスターリア国王に嫁いだ。ウォーレイはレイスターリアに最も近いズシュール領主の娘を妻にしていたこともあり、彼の国の情勢には詳しく、その準備と調整に文字通り国内を東奔西走することとなった。しかし、滞在先の妻の実家では、娘が子を無事に出産できなかったことを重く受け止めており、その申し訳なさそうな振る舞いがひどく心苦しかった。王都へ帰ってくれば当のルシエンもその有様で、かといってトランスの北の館へ行くと心の緊張の糸を切ってしまいそうで、どうしても足を向けることができなかった。それから時が流れ、まだ大丈夫だと我慢している間に、トランスの心が彼から離れていった。――いや、離れるのを、そのままにしてしまっていた。彼は、ウォーレイが最もつらい時に声をかけてくれた親友だったのに。
「……少し、見させていただいても?」
 取り返しの付かない過去に対する後悔に、ウォーレイはぎゅっと目をつぶると、トランスに向かって言った。眼前の庭は、彼らの心が離れている二十年の間に、トランスが手を掛けて造ったものだ。それを愛でることによって、友人の心の片鱗を少しでも知ることができるかもしれない。
「フ。年を経て、少しは造園に興味が湧いたか」
「そのようなところです」
 これも自らの手で敷いたのだろう、池の周りを赤い煉瓦の道が巡っており、ウォーレイはその上をゆっくりと辿った。ふと、館が完成したからと招待された日のことを思い出す。招かれた客たちは、ウォーレイをはじめ、同年代の貴族の子弟たちばかりだった。門をくぐるなり、彼らは何もない庭を見て呆然としたものだ。そんな彼らに、トランスは自分で庭を造るのだと豪語した。呆れた自分たちは絶対に無理だと首を振り、いっそ馬場にしたらどうかとさえ進言した。
(――そもそも、殿下はなぜ御自分で庭を造ることを決心されたのだろう……? 私はそんなことさえ知らぬのだ……)
 あの日、「我々の隠れ家だ」と言ってくれたことにも、疑問が浮かぶ。その時のウォーレイは自分を保つことで頭がいっぱいだったが、トランスは確かに「我々の」と言った。当時、まだこの世の春を謳歌していた彼は、いったい何から隠れたかったというのだろう――。
「足下のシオクラス」
 ふいにかかったトランスの声が、彼を現実へと引き戻した。
「はい?」
「それを一株、息子に持って帰ってやるといい」
「は……」
 事情が飲み込めないでいるウォーレイに、トランスは揶揄するような笑みを浮かべた。
「あれはおぬしと違ってこういうことに興味があるのであろう? 以前、友人が茎を踏み折ってしまったと嘆いているのを聞いた。それはそう見えて、なかなか手に入らぬ代物なのだ」
 足元に視線を落とすと、やたら葉が大きい以外は何の変哲もない木が植えてあった。
「……この王都でも?」
 眉根を寄せるウォーレイに、トランスは思わず吹き出した。王都の港イデラは、この世のすべてが集まると謳われている。それを演出している宰相には、足下の小さな草木などが貴重だとは思えないのであろう。なぜ貴重なのか、その理由に王弟の瞳が危険に光る。
「猛毒だからな」
 そして、瞬間的に真顔に戻った宰相に、再び笑顔を向けた。
「だが、量さえ誤らなければ、他のものと同じように良薬がたくさん作れる」
「……ありがとうございます」
 神妙な面持ちで礼をするウォーレイを見て、トランスはにやっと笑うと、切り落とした枝を集めた上に、鋏を置いた。
「さて、二十年ぶりに訪ねてきたのは、庭を愛でるためではあるまい。オーエンに美味い茶を入れさせよう」
 二人は四阿へと移った。


 庭師にして執事であるオーエンが並べた茶菓子の皿を見て、王弟トランスは目を見張った。
「これは……」
「先程、ウォーレイ様から戴きましてございます」
 トランスは椅子から身を乗り出すと、オーエンが取り分けると同時にパウデットを手に取った。それはズシュールの特産であるピゴプゴという木の実を用いた焼き菓子だったが、その味にクセがあるため、好き嫌いがはっきりと分かれるものだった。
「これを食べるのは久しぶりだな……。奥方はお元気か?」
「はい、おかげさまで」
「あれ以来、ケンカはしておらぬようだな。おぬしらは普段は温厚なのに、ひとたび事を起こすと――」
 皆まで言わず肩を竦めると、トランスは二十年振りに好物にかぶりついた。一方のウォーレイは何も言えず、ただ香り立つ紅茶に口を付けた。
 しばらくの間、互いの家族や庭のことなどについて世間話をしていた二人だったが、それは隔たっていた時間の長さを改めて認識するものでもあった。ふいに会話が途切れ、館の方から吹いてきた少し強い風が、四阿の屋根から下がっていた蔦を揺らす。先に口を開いたのは、トランスの方だった。
「……それで、今日はいったい何の用だ。まさか今頃になって、陛下を廃する気になったのでもあるまい」
「殿下」
 あからさまな挑発にウォーレイが眉根を寄せると、トランスは軽く首を竦めた。
「まあ、結果は同じだがな」
 そう言って、世間を嘲るような笑みを浮かべる旧友に、ウォーレイは内心で小さく吐息した。あるいは国王の落胤について伝えることができるかもしれないと思っていたが、それはあまりにも楽観に過ぎるというものであった。このうえは、ウォーレイが二人の関係の修復を願っていることを伝えるしかなかった。トランスの目には、今の時点では媚びのように映るかもしれないが、それもわずかな間だけのことである。明日の即位記念式典で玉座の遠のきを感じれば、旧友がこの日訪ねてきた本当の理由も悟るだろう。
「……殿下にひとつ、お伺いしたいことがございました」
「なんだ」
「上将軍のお役目のことです」
 にわかにトランスの表情が強張る。
「十二年前、ドリザール殿が病死された折、なぜ上将軍を受けられなかったのです?」
 尋ねながら、やはり、とウォーレイは確信した。それ以来の王弟の言動を顧みるに、その時、彼に何かがあったのは明白だった。だが、それがいったい何なのかは、さすがのウォーレイも思い至らなかった。一度、問いただそうと試みたこともあったが、それは失敗に終わっていた。
 無言で紅茶の水面に視線を落としていたトランスがふいに笑う。
「……ゼオラでは不満か? 今のところ負け知らずだというのに、天下の宰相殿は高望みが過ぎるのではないか?」
 ウォーレイは小首を傾げた。はぐらかされることはわかっていた。
「そういうことを申し上げているのではありません」
「フン。今さら聞いてどうする」
 確かに「今さら」かもしれない。しかし、その疑問が解消されない限り、彼らは違った方向へ新しく踏み出すことは決してできないのだ。
「あの時、私は宰相となって二年目でした」
「既に縁遠くなっていたな」
「やっと貴方と走れると――」
「言うなっ!」
 突如、トランスが激昂した。卓子を叩いた拳が茶杯の受け皿に当たり、まだ半分ほど残っていた赤茶色の液体が小さな水たまりを作る。それに映ったトランスの瞳から、怒りの色がほとばしっていた。
「おぬしに何がわかる! おぬしなどに何が……!」
「殿下……」
 ウォーレイは思わず息を呑んだ。普段はどこか斜に構え、余裕を見せつけているトランスだったが、今の彼の取り乱し様は、尋常ではなかった。十二年の時を経ても色褪せない怒りが彼の内にずっとあったというのか。
「いったい何があったのです……?」
 旧友の真摯な問いかけに、しかしトランスはすぐには口を割ろうとしなかった。感情を露わにしてしまったことに対して苛立たしげに息を吐き出すと、立ち上がって四阿の入口に向かう。傍らの柱に手を当てて、彼は自分の造り上げた庭を眺めた。
 この十二年、異口同音のその問いをはぐらかしてきた。しかし、昔の夢のためだったその沈黙は、もはや必要ないのかもしれない――現在の夢が実現しそうな今となっては。
「……ラースデン叔父だ」
 唐突な呟きであったが、彼の言葉を待ち侘びていたウォーレイが聞き逃すはずもなかった。意外な人物の登場に、ウォーレイは首を傾げた。
「ラースデン殿下……?」
「叔父から言われたのだ。王弟と生まれたからには分をわきまえよ、と」
 振り返ったトランスが皮肉げに笑い、ウォーレイは友人から卓上の花瓶にゆっくりと視線を移した。
(ラースデン殿下は、トランス殿下が上将軍の座に就けば、また揉め事が起きると思われたのだな……)
 当時、イージェントの廃位運動は既に鎮静化していたが、もしトランスが上将軍として功績を挙げ、軍の厚い信頼を得るようになれば、再びそれが息を吹き返すのは明らかであった。その事態を憂い、自らも王弟として世を渡ってきたラースデンが、同じ立場のトランスに忠告するのも無理ない話である。
「遅かれ早かれ、王弟という人間は無用になるそうだ。フ、御自分がそうだったからといって、私まで一緒にしないで欲しいものだな」
 実際、王弟が国王の右腕として活躍することは諸国にもよくある話である。まして、当時のトランスは、周囲から見放されつつあったが、依然として義を貫く人間に変わりはなかった。
「それでは何故……」
「そう、私には無用にならない自信があった! だが、……わかるであろう? それは、我々の夢にこそ無用のものだ」
「!!」
 嗚呼、とウォーレイは目をつむり、唇を噛みしめた。学院時代から、二人でイージェントを守っていこう、というのがトランスの口癖だった。しかし、彼が活躍すればするほど、守るべき兄の立場は危ういものになってしまう。その矛盾に苦しみ、誰にも――夢を分かちあったはずの親友にさえ相談できないまま、彼は夢を諦めてしまったのだ。そして、その時から彼の心に巣くい始めた孤独と嘆きが、今や怒りや憎しみに姿を変え、時に宮廷を荒らしているというわけだった。心が引き裂かれる思いで手放した夢が、王子の不在という思わぬ形で自らに跳ね返ってきたことに、苛立ちもあったのかもしれない。
「……やはり、もっと早くにお伺いするべきでした」
「来たところでどうにもならん」
「どうにかしました! 貴方のためなら!」
 今度はウォーレイが激する番であった。しかし、無論、腹立たしいのは自分以外の何者でもない。もし、その時、傍に居てやれていたら、話を聞いてやれていたら、絶対に大丈夫だと信じさせてやったのに。彼を担ごうとする貴族たちと対決し、彼の心が違う方向に向きそうなら、それを力ずくでも正してやったのに。だが、ウォーレイはそのどれもすることができなかった。自分を保つのに精一杯で、自分が走り続けるのに精一杯で、最も大切なものを見失ってしまっていた。
(なんと、愚かな……)
 親友が上将軍を受けなかったのは、すべて彼らの夢のためだったというのに、なぜ今日まで気付かなかったのか。「おぬしに何がわかる」と血を吐くようなトランスの叫びが、改めてウォーレイの心に突き立った。彼は疑ったことさえあったのだ。その実力がありながら上将軍を受けなかったトランスを、サイファエールを見捨てたのではないか、と――。
(どうにか、しなければ……。この人の辛い決断に報いるのために……)
 その決断が無意味ではなかったことを、そして昔の夢を新しい形で叶える方法を、ウォーレイは必死の思いで模索した。
「……貴方は私におっしゃいました。二人で兄上を守っていこう、と。三人で同じ夢を見るのだ、と」
「しょせん戯れ言だ」
 言い出した人間の言葉とは思えないほど、それは軽く、そしてひどく侮蔑の響きをもって返された。
「私は、諦めません」
 途端、トランスが天を向いて笑う。
「ハッ、何をだ! 何を諦めぬと言うのだ! 私が昔と違う人間であることは、おぬしが一番知っておろうが! 天下の宰相がそのように甘い人間だったとはな」
「貴方以外の人間なら、或いは諦めたかもしれません」
 なんと謗られようとかまわない――そういった体のウォーレイに、トランスが研ぎすまされた槍のような視線を放つ。
「ウォーレイ、いい加減にせよ」
 そして、ふいに笑みを浮かべる。それは、今までに見たことがないほど浅ましいものだった。
「『こちら』へ来るつもりなら今のうちだぞ。さもなければ、おぬしは勿論、おぬしの息子も苦労することになる」
「私の忠誠は生涯、イージェント様ただおひとりのものです。そして、貴方の忠誠も」
「……これ以上、話すことはないようだな」
 席に着いたばかりだというのに、トランスは再び立ち上がり、大股で入口に向かった。そのまま階段を降りようとして、ふと立ち止まる。傾き始めた太陽が、彼の黒い輪郭をくっきりと浮かび上がらせた。
「……私はこの二十年の間に多くのものを失った。兄と、友と、夢と、そして心を。今の私は、亡骸も同じだ。入る墓のない、哀れな亡霊――」
 そこで、トランスはゆっくりとウォーレイを振り返った。
「諦めぬと言うなら、私の墓穴を掘ることだな。さもなければ、悪霊としてサイファエールに取り憑くだけだ」
 そして、奇妙に穏やかな笑みを残して、トランスは館の方へ去っていった。残されたウォーレイは蒼白とし、依然として硬い面持ちであったが、しかし、その瞳は絶望に打ちひしがれてなどいなかった。


「ねえ、イスフェル。父さんって、王さまなの?」
 コートミールの突然の問いに、イスフェルは藍玉の瞳を見開いた。いや、彼だけではない。夜の見回りから帰ってきたばかりのユーセットも、部屋の本棚を眺めていたセディスも、そして双子の寝る支度を整えていたレイミアも。
「ミール様、どこでそれを……」
 驚愕の表情を浮かべるイスフェルたちに、少年はあっさりと言い放った。
「マリオが玄関の扉に鷹が彫ってあるのを見付けたんだ。クリオさんに訊いたら、王さまの印だって。それ、父さんの服の胸にあったのと同じだった」
 それを聞いたイスフェルの顔に、次第に笑みが滲んでいく。青年はレイミアを振り返った。
「……本当に聡いお子様方ですね」
 しかし、母親の驚きは彼以上だったようで、呆然と寝台の傍らに立ち尽くしていた。イスフェルは再び双子に視線を戻すと、静かに膝を折った。少年たちの外側の手を軽く握る。
「――ええ、あなた方のお父上は、このサイファエール王国の国王陛下でいらっしゃいます。びっくりされると思って、申し上げなかったのですが……」
 すると、鏡に映したかのように、双子はゆっくりと顔を見合わせ、息を呑んだ。
「う、うん。びっくりした、けど……」
 彼らの困惑した様子にイスフェルが首を傾げると、二人は口を揃えて言った。
「あんまりよくわからないよ」
 これには青年たちも笑うしかなかった。彼らが守ろうと躍起になっているものは、双子にとっては存在さえ感じたことのないものなのだ。
「お二人とも、この白薔薇宮に入る時、私が何と申し上げたか覚えておいでですか?」
「父さんのこと? 十日後に会えるって……」
「明日だよね!? 父さんに会えるの!」
 嬉々としたコートミールに、イスフェルは笑みを返した。
「はい、明日です。明日、王宮へ、お父上のもとへお連れ致します」
「やったあ!!」
 飛び跳ねて喜ぶ二人を落ち着かせると、イスフェルは真剣な表情で四つの天色の瞳を見た。
「お二人とも、よく聞いて下さい。明日はお父上以外にも、たくさんの方に会っていただきます」
 レイミアが故意に身分を明かすことを好まなかったので、これまで父親のことも即位記念式典のことも言わなかったのだが、最低限のことは言っておかなければならない。
「お二人には、その方々に元気よく挨拶をしていただきたいのです」
「あいさつ?」
「はい。できますか?」
 二人はもう一度顔を見合わせると、元気よく頷いた。
「もちろん!」
 その夜、イスフェルは遅くまで双子の寝台の傍らにいた。少年たちが父がどんな国王であるかを話すようにせがんだのだ。目を輝かせながら話を聞く彼らを、イスフェルは必ず守り抜くのだと改めて誓うのだった。

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