The story of Cipherail ― 王都狂騒曲


     14

 表情を引き締めた少年たちの前で、クレスティナは高らかに宣言した。
「只今から対抗試合を行う。日頃の稽古の成果が存分に発揮できるよう、各人、心がけよ」
 その言葉に、ある者は力強く、ある者は挑戦的な笑みを浮かべながら、ある者は緊張した面持ちで頷く。試合は結局、手打ち式ということで、イスフェル派対リデス派で行うことになり、少年剣士たちは石畳に囲まれた武舞台の東西に対峙した。
「よしっ! まずオレ様が勝って勢いをつけてやるぜ!」
 勇ましく模擬剣を振り回すシダに、セディスが横から冷水を浴びせる。
「勇み足で懐に突っ込むんじゃないぞ。おまえ、いつもそれで自爆するんだからな」
「うるせえな。わかってるさ! 今日こそアイツをぎゃふんと言わせてやる」
 シダは、反対側に居並ぶ少年たちの端で、薄ら笑いをたたえて佇んでいるリデスを睨み付けると、そのまま武舞台に入っていった。
「おまえの相手はデイルだぞ! ……まったく、本当にわかってるのか?」
 友人たちのやりとりに笑っていたイスフェルは、ふとシダを誘導していたクレスティナと目が合った。彼にもう迷いはない。その想いを込めて小さく頷いて見せると、クレスティナはわずかに目を見張り、そして微笑んでくれた。
 好戦的な面持ちで模擬剣を構えるシダに対して、相手の先鋒を務めるデイルは、見事なほどに緊張していた。審判であるクレスティナが思わず「深呼吸しろ」と助言を出すほどに。そして、今にも試合開始の声がかけられそうな時、
「あ、デナード先生だ!」
 突然、エルセンが歓喜の声を上げ、一同の視線が武道場の入口に集まった。すると、そこには着ぶくれした老師がにこやかな表情で立っていた。
「先生!」
「デナード先生!」
 あっという間に愛弟子たちに取り囲まれ、デナードは嬉しそうに顔をほころばせた。
「おまえたち、久しぶりだな」
「御身体の調子はもう宜しいのですか?」
「ああ、心配かけてすまぬな。まったく、年はとりたくないわい」
 老師がわざと咳込んだので、少年たちの間から笑声が上がった。
「今日はクレスティナから聞いてな。おぬしらがどれだけ上達したかを見に来たのじゃ」
「じゃあ、まだ全快というわけでは……」
「なに、すぐじゃ、すぐ」
 それからデナードは、クレスティナがリデスに頼んで持ってきてもらった椅子にゆっくりと腰を下ろした。
「では、始めようか」


「お、何とか大将戦には間に合ったらしい」
 突然、背後で聞き覚えのある声がして、クレスティナは振り向いた。すると、なんとそこにはフゼスマーニが立っていた。
「か、閣下!?」
 驚いてクレスティナが彼に向き直ると、フゼスマーニは眉間にしわを寄せて、恨めしそうに彼女を見下ろした。
「おぬしのせいだぞ、クレスティナ。最初から観るつもりだったのに……」
「は?」
「あの晩、オレを捜すために散々部下が走り回ったらしくてな。それをどこからかお聞きになった陛下に、先刻、こってりと絞られた」
 忌々しげに吐き捨てるフゼスマーニの横で、クレスティナは咄嗟に近衛兵団長の腰巾着の顔を思い浮かべた。彼自身が賊を捕らえ損なったことは棚に上げて、緊急事態に行方不明になっていた副長の責任を直訴したに違いない。フゼスマーニの言動にいちいち目くじらを立てるような人間は、彼以外に思い当たらなかった。
「だがな、あの日、オレはそもそも非番だったんだぞ。どう過ごそうと、オレの勝手ではないか」
 確かにそうである。しかし、上官の立腹に同情しようとしたクレスティナは、危うく吹き出しそうになった。せっかくの非番の夜に、なにも王宮に留まって新参者いびりなどをしなくてもいいではないか、そう思ったのである。通わなければならない女の数は、両の手の指でも間に合わないはずであろうに。
 クレスティナが俯いて笑いを堪えていると、
「聞いておるのか、クレスティナ」
 国王直々に説教されたのを相当腹に据えかねているのか、フゼスマーニは新人部下に対して恥ずかしげもなく嫌みを言い続けた。「戦場における彼人、鬼神のごとし」とは、一兵卒であったフゼスマーニが、初陣にして敵の名のある将軍を討ち取った時の様子を語ったものである。その男の欠点を敢えて言うならば、女々しいというところであろうか。彼は今回の件に、自分から首を突っ込んだのである。流刑や死刑を免れるためなら、国王の説教のひとつやふたつ、喜んで拝聴すべきであった。
 一時的に小人に成り下がった上官を、まともに相手するほどクレスティナは実直な性格ではなかった。いちいち頷いていては、日が沈むまで愚痴を聞かされるに決まっている。ここは相手の気を削ぐように応対するべきであった。
「勿論、聞いておりますとも、閣下。世の中には勇者が溢れておりますが、非番の日にあれほどの働きができる者などそうはおりませぬ。さすが近衛兵団の副長であらせられます。陛下に申し上げられるのが口惜しゅうございます。然かる上は、閣下の御砕身の程、私をはじめ、彼らの心に一生留め置き、サイファエールの栄光が永遠のものとなるよう努めて参ります」
 舌先三寸、徹底的に儀礼的に振る舞うクレスティナを憮然とした顔で見遣ると、フゼスマーニは拗ねた声を上げた。
「……誠意が足りんぞ、誠意が」
 そんな二人に、横合いからデナード師が声をかけた。
「御両人、試合が始まりますぞ」
 そこで慌てて視線を武舞台に戻す。その先では勇ましく模擬剣を掲げた二人の少年が対峙し、何やら意味ありげな笑みを浮かべていた。


 偉そうに顎をしゃくりながら言うのはリデスである。
「今日こそ、その減らず口を叩っ斬ってやるぜ」
 イスフェルが落ち着き払ったように答える。
「できるか?」
 再びリデスが言う。
「朝飯前だ」
 ――かくして組内を二分する頭領たちは、ようやく正鋒を交えたのだった。

【 了 】


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