The story of Cipherail ― 秋の終わり

秋の終わり


 イスフェルは複雑な思いだった。
 王立学院を卒業後、てっきり王都で武官として身を立たせると思っていたリデスが、北方のデラス警備隊に入ることを決めたからだ。彼とは入学当初から何かとぶつかり合うことが多かったが、それゆえに信頼し、さらには必要とするようになっていた。
「なぜ」と問うイスフェルに、「オレは自由に生きたいのさ」と、リデスは紫がかった赤い髪を指ではねて笑った。
(大商家の実家を捨て、王都での仕官さえ望まず、あいつが辺境で求める自由とはいったい何だ……)
 宰相家という名門に生まれ、幼い頃から父を生きる道標として歩いてきた彼には、友人の気持ちがまったく解らなかった。
「おーい、見ろよ。組長のヤツ、ひとりでサボッてやがる」
 ふと顔を上げると、剣の稽古をしていた組の仲間たちが、いつの間にか彼を取り囲んでいた。
「どうしたんだよ、イスフェル。具合でも悪いのか?」
 剣を鞘にしまいながら心配そうに首を傾げるセディスに、イスフェルは首を振った。
「いや、そうじゃない」
「じゃあ、何なんだよ。このメンツで手合わせできるの、もうあと少しなんだぜ?」
 すると、輪の後方で嘲笑うかのような声が響いた。
「さてはおまえ、負けて勝ち星最多の座をオレに奪られるのが怖いんだろ」
 リデスの挑戦的な視線がイスフェルを貫く。それに応えたのは、イスフェルを信奉するシダだった。
「は? イスフェルがおまえに負けるわけないだろ。寝言言ってんじゃねえぞ、リデス」
「おまえはすっこんでろ」
「何だと、てめぇ!」
 イスフェルは溜め息を吐くと、傍らの剣を取って睨み合う二人の間に割って入った。
「二位と三位で潰し合いか。確かに上との実力の差を考えたら、その方が賢明だな」
 同時に目を吊り上げたリデスとシダを、イスフェルは剣を肩に担いで振り返った。
「なんなら、二人同時でもいいぞ?」
「言わせておけば!」
「イスフェル、おまえ!!」
 しかし、無論、呼吸を合わせてイスフェルを襲うようなことはしない。それがまた、彼らの標的の思惑でもあったのだが。
(――そうか、この面々とこんなふうにふざけ合えるのも、あとわずかなんだ……)
 セディスの言葉を思い返し、別れを憂うよりも今この瞬間を楽しもうと、イスフェルはリデスの斬撃を音高く跳ね返した。

【 了 】


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